知らずに犯す罪でも因果応報はあるのか?
知って犯す罪、知らずに犯す罪、どちらも因果応報はあるのか?
人をイジメたり、悪意を持って嫌がらせをしたり、人を苦しめたり、詐欺などで人を騙したり、陥れたりなど、意図的に行ったものについては因果応報でやがてその人に何らかの形で返って来る事は理解できますが、
意図せずに人を傷付けたり、苦しめてしまったりなど・・・知らずに犯す罪については?
やはりそれらも因果応報で返って来るのか?疑問に思いませんか? 私は過去にその事について疑問に思い、いろんな人に聞いたり、調べたりした事がありました。今回はそれらの事を整理する意味でブログ記事にさせて頂きました。

当院の見解
知らずに犯した過ち(無自覚に人を傷つけたこと)も法則通りに自分に返ってきますが、意図的な悪行とは「返ってくる目的と質」が大きく異なり、意図的な悪行が「悪意の報い」として返ってくるのに対し、無自覚な過ちは「自分の無知や偏りに気づくための学び」として返って来ると思っています。

1. 意図的な悪行と無自覚な過ちの違い
自然の法則(カルマの法則)において、返ってくるエネルギーの「質」は以下のようになるのではないでしょうか。
| 区分 | 意図的な悪行(いじめ・詐欺など) | 知らずに犯した過ち(無自覚な傷つけ) |
| 根底にあるエネルギー | 害意・搾取・悪意(「意」の悪業) | 不注意・無知・無関心(「無明」) |
| 返ってくる形 | 苦痛、障害、自業自得の報い | 相手の立場に気づかされる出来事(鏡の現象) |
| 法則の目的 | 歪めたエネルギーの強制清算 | 「気づき」と「霊性の成長」 |

2. なぜ「知らなかった」としても返ってくるのか?
これは宇宙の法則が「罰」ではなく「物理的な作用・反作用(調和の法則)」で動いているからです。たとえ悪気がなく「うっかり」であっても、人の足を強く踏めば、相手は痛みを感じて怪我をします。「知らなかった」「悪気はなかった」と言っても、生じた事実と相手の痛みは消えません。
仏教における「無明(むみょう)」:仏教では、無知(知らなかったこと)自体を「無明」という根本的な迷いと捉えます。火の熱さを知らずに触った子供であっても、知って触った大人であっても、等しく火傷を負うのと同じです。
むしろ、無知であるがゆえに「自分が傷つけていることすら気づかずに繰り返し害を与えてしまう」という意味で、無自覚の恐ろしさもあります。

3. 無自覚な罪はどのように「返って」くるのか?
知らずに犯した過ちは、多くの場合「自分が逆の立場を体験する(鏡として現れる)」という形で返って来ると言われています。
過去に自分が何気ない一言で誰かを深く傷つけていた場合、数年後に自分が信頼している人から似たような言葉をかけられ、「こんなに傷つくものだったのか」と初めてハッと気づかされるような出来事が起きます。
この時、天は私達を痛めつけたいのではなく、「私達が過去に知らずに作った不調和の大きさを教えて、魂の視野を広げさせようとしている」のだと思います。気付いて「あの時は申し訳なかった」と真底思えた瞬間に、そのカルマの学びは完結します。

4. 知らずに犯した罪(無自覚の過ち)を消滅させる方法
人間として生きている以上、生きているだけで他の命を奪い、どれほど気を配っていても知らず知らずのうちに誰かを傷つけてしまう「無自覚の罪」を完全にゼロにすることは不可能なのではないでしょうか。
先人たち(長尾弘先生や中村天風先生など)は、この「知らずに犯した罪」を解消する生き方として、以下の実践を説かれていました。
日常の「お詫び」と「反省(省み)」
自分の知っている過ちだけでなく、「今日一日、私の無知や不配慮で誰かを傷つけてしまっていたなら、申し訳ありませんでした」と、陰の過ちに対しても心を配り、お詫びする習慣を持つこと。
「徳」を積む(忘己利他)
知らずに作ったマイナスの波動は、日々の親切、感謝、無私の奉仕といった「プラスの波動(徳)」を積み重ねることで相殺され、大きな難が小さな難(小難・無難)へと和らげられます。
自分が傷ついた時に「お互い様」と許す
他者から無自覚に傷つけられた時、「自分も過去に、知らずに誰かに同じことをしていたのかもしれない」と受け止め、相手を許すことです。自分が他者を許した分だけ、自分が過去に知らずに犯した罪も許され、消えていきます。

まとめ
「知らずに犯した罪」は、決してその人を打ちのめすための罰として返ってくるのでは無いと思います。
自分の心と行動の範囲を広げ、より深い思いやりと智慧を持つための「優しさの教育」として返って来るのではないでしょうか。ですのでその事について過剰に恐れる必要は無く、日々の感謝と小さな配慮を積み重ねていくことで、そのエネルギーは自然と調和されていくと思っています。
今まで生きて来て・・・知らずに犯した罪が私にはたくさんあると思います。
仏教では智慧の光によって無明は無くしていくべきものだと言われていますが、私たちは様々な事を学びながら知らずに犯す罪を出来るだけ減らしていきたいものです。

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