長尾弘先生について

長尾ヒーリングの開祖、長尾弘先生

かつて大阪の岸和田に長尾弘さんという 凄いヒーラーさんがおられました。

以前、会社の社長をしておられたが、他人を癒す自己の不思議な能力に気付き、以後は整体師に転職、人助けに専念することとなった。

複雑骨折すら一瞬で治癒させてしまう圧倒的なヒーリング力を持ちながら、決して宗教団体や組織は作らず、世の宗教とは何の関わりを持たず、自分自身は何も求めることなく、

人々の幸せだけを願って1年365日、ただ1日の休みもなく肉体の限界に挑みつつ、命がけで多くの方々を救い続けました。

大阪の治療院【浄心庵】では、開院以来、土曜日と日曜日には無償で講話と癒し【施術】を続け、組織化された宗教団体とは趣を異にした 何の見返りも求めない無償での慈悲と愛の実践をされておられました。

無償での癒しと講話の依頼は日本の各地からも依頼があり、日本中の様々な地で行われました。また、世界各国へ癒しの旅をされ 無償での癒しは日本だけでは無く、世界各国でも行われました。

『人々の 僕となりて生き抜かん 我が人生に悔いは残らじ』

『人様の喜びをもって、我が心の喜びと成す』

この言葉は長尾先生の座右の言葉です。長尾先生は生涯を無償の愛の実践に捧げた奇跡の人でした。

当院では長尾弘先生の生き方から、治療師としてどう生きるべきか? そして、人としてどう生きるべきか?を知り、今生、私はその域には到達するのは難しいかも知れませんが・・・ほんの僅かでも近づけます様に・・・との想いから長尾先生から心の在り方を学ばせて頂いております。

長尾 弘(ながお ひろむ)先生 【1931~2007】

1931年 

大阪郊外の国分で農家の次男として生を受ける。まるで天使のような3歳~5歳の頃は、空飛ぶ蝶やトンボ、蛙を意のままにしたり、イタチやすずめと遊ぶ不思議な子供だった。しかし、成長と共に自我が芽生え、やがて不思議な力は次第に失われていった。
    
1947年

16歳で生家を出奔 国内航路の船乗りをはじめ、様々な職業を経て23歳の頃、岸和田市で毛布の製造販売業を営む。結婚後二女を授かる。以後、母から学 んだ奉仕の心を受け継ぎ、永年にわたって地域社会への奉仕や孤児院への福祉を実践す。織物業のかたわら、神理を求めて幾星霜。様々な宗教を遍歴す。

1974年 

「釈迦・イエスの教えの原点に帰れ」と説く高橋信次師とのご縁に触れ正法に目覚める。これを機にして日々の心のあり方を追求・実践をし、人間の幸・不幸はすべて自らの心の作用の現れであることを悟る

1987年 

東京公演を契機にして手弁当で日本各地に赴き、講演と癒しを行う。人々の幸せを願って身を犠牲にし、一年365日一日の休みもなく無償の行いをする自身のことを“愚か者”と称する。

1989年  

ドイツへ癒しの旅を、又その後、ヨーロッパ諸国やアメリカ各地、アフリカをはじめ、世界各国へ癒しの旅を行う。

1991年 

イタリアのミラノ市にて社会党(赤いバラ党)の党首であるフランコ・オスカー二氏よりミラノ名誉市民賞を受賞。

1994年 

インドでは大統領官邸に招かれ会見。カルカッタではマザーテレサ氏より招聘を受け対談。
 
1999年

ブラジル・サンパウロ市より「最高文化功労十字賞」を受賞。日本政府より紺綬褒章を8回受章。

著書に、講演集『愚か者の独り言』Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ(柳原書店)、『心経の解説』上、下、『真理を求める愚か者の独り言』(たま出版)『思いの中に生きる』(文芸社)がある。晩年は癒しの旅のかたわら、書道家として確立される。
 
2007年10月25日 逝去

【プロフィールの補足】

47歳位の頃、毛布の製造販売業は繁栄されていたが、心のあり方を学ぶにつれ「あってもあってもまだ足りないという欲望を持って商売をすることが如何に愚かしいことであるか」ということを身を持って知り、意を決して事業を閉鎖された。

そののち、自らの心の内奥を厳しく見つめる為に近くの山に一人入山し、日々禅定に明け暮れる。苦しみの末に宇宙即我を体験したことから、ある日法灯を頂き覚者となられる。(この時の詳しい話はDVD「心の旅路」で語られておられます)

下山後、47歳で関西鍼灸専門学校へ入学後、国家資格を取得。また、整体治療の各種資格を取得し「浄心庵」を開院。

心の学びを実践に移したその頃から、幼い頃に宿った不思議な力が再び蘇り、常識を超えた不思議な癒しの力を発揮するようになる。以来、全国各地から訪れる難病奇病の人々を救い、数々の奇跡を見せている。

長尾弘先生のご著書「思いの中に生きる」より

編者あとがき

長尾先生は、昭和五十五年、四十九歳のときに整体治療の各種資格を取得して「浄心庵」を開設され、難病患者の救済を本格的に始められました。

長尾弘先生の治療を受けた人たちは、身体の病や傷を癒されるだけではなく、本当の生き方を教わることによって、心の病や傷まで癒されてしまいます。そういう人たちの数は、増加の一途をたどっていますが、先生は決して御自身を中心とした組織をつくろうとはなさいません。

それどころか、おん自らを「愚か者」と称して、真理に帰依する一求道者としての生き方を、身をもってお示し下さるのです。

その純粋さ、その謙虚さゆえに、先生の行かれるところ、キリストの再臨を思わせるような奇跡が続出し、先生を敬慕する人たちが日本全国だけでなく、世界各国にまで広がっているのでしょう。

著書

『愚か者の独り言』Ⅰ~Ⅲ(柳原書店)
『心行の解説』上・下(柳原書店)

『真理を求める愚か者の独り言』(たま出版)
『思いの中に生きる』(文芸社)