原因と結果の法則

「神は罰をおあてになりません。」 と言う内容について、お客様からいくつかご質問がありましたのでこのページを追加させて頂きました。
種をまけば芽生えさせてくれて、花を咲かせ、実らせてくれる。「原因と結果の法則」と言われる自然界の法則があります。この法則は人と人との関係性の中で起こる出来事についても作用します。
他者を苦しめたり、いじめたりすれば、後にいじめた人に何らかの形で返ってきます。
人はこれらを「神様が罰を当てた。。」と言ったりもしますが、真(まこと)の神は決して罰はおあてになりません。真(まこと)の神は全てを許し、決して責め裁きません。
では何故?悪い事が起きると「罰が当たった。」と言われるのでしょうか?
自分のした事がやがて自分に返ってくる。。「原因と結果の法則」は、悪い事だけでは無く、良い事も、悪い事も。。自分の「身口意(しんくい)」全ての事が、やがて自分に返って来る様になっています。
【「身口意」とは仏教の言葉で、身(行動)・口(言葉)・意(心・想い)の事です。人間の行いは この「身口意」で成り立っていると言われています。 】
自分に内在する神の分御霊(わけみたま)としての神意識が、自分の行動や言った事の全てを見ており、全てを記憶しています。そして自分にとって最適な時期に原因と結果の法則として自分に返って来る様にしている。。と私は思っています。
ですので罰では無く、魂の自己成長の為に自分自身に内在する神意識が、その人にとって最適な時期に、最適な形で結果として返る様にしているのではないでしょうか?。
結果として返ってきた現象を人は「因果応報」と表現する事もありますが、過去に自分で蒔いた種をやがて自分自身で刈り取らなければいけない時期が来た。。と私は理解しています。そしてそれらは自分自身に内在している神意識が最適な時期にそうさせているだけに過ぎません。
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)と言う言葉がありますが、これは、自分に内在する神の分御霊(わけみたま)としての神意識が、自分の行動や、言った事、思った事の全てを見ており、全てを記憶していると言う意味なのかも知れません。。。
引き寄せの法則。鏡の法則。出せば入る法則。。など・・・様々な法則がありますが、、それらは「原因と結果の法則」の一部分でしかありません。
その位「原因と結果の法則」は最も基本的な大きな法則として宇宙や自然界で働いています。

天網恢恢疎にして漏らさず
天網恢恢疎にして漏らさず(てんもうかいかいそにしてもらさず)とは「悪事を行えば、天罰を逃れることはできない」という意味です。老子の言葉が元になっているそうです。
- 天網は「悪人や悪事を逃がさないように天が張り巡らした網」という意味です
- 恢々は「大きく包み込む」という意味です。
- 疎は「離れていて、まばら」という意味です。
- 漏らさずは「取り残しがない。余すところがない」という意味です。
天が張り巡らした網は粗いが、悪人や悪事は決して取り逃がさないということで、悪事を諫める言葉にもなっています。

