記事の内容はこちらのブログより転載させて頂きました。

https://ameblo.jp/speakingfromku/entry-11904025836.html

カルマという言葉は「行為」という意味です。カルマはエネルギーで解放されるにあたり動くことが必要となります。内側でそれを掴んでしまい外に出さずにいるとカルマはどんどん堆積していきある日突然まったく期待していなかった時に外に飛び出してきます。

カルマとは洞窟の中のコウモリのようなものだとよく例えられます。昼間は洞窟に隠れていて暗くなると外に飛び出していきます。闇が訪れるとコウモリははしゃぎ始めるのです。

別の見方をしてみましょう。洞窟内に光を灯しそのままにしておくとコウモリたちは出ていってしまい明るい洞窟へはもう戻ってきません。洞窟からコウモリを追い出すベストな方法が瞑想です。

我々が瞑想し、光をもたらすとカルマがじっとしていられなくなります。ドアを開けて外に出してしまいなさい!

瞑想中にどうも落ち着かなかったり雑念で一杯になってしまったりするのはカルマが出口を探し求めているだけなのです。仏陀の弟子が瞑想中の落ち着かない感覚について尋ねてみますと仏陀は簡単にこうおっしゃいました。「それはカルマだね」と。

瞑想中のなんらかの活動はカルマの活動ゆえのものだということです。瞑想により電気がカルマを活性化するとそれによってカルマは目覚め出ていくことになります。これは瞑想をすることの一番の理由のひとつですね!平安な瞑想が起こる理由はじっとしていられないカルマが出ていくとその瞬間穏やかになって静かな瞑想を楽しむことができるからというわけです。

しかし、瞑想中何の動きもないということはその時は穏やかでカルマの活動がなかったというだけの理由です。「いい瞑想」では光は洞窟の奥深くへと入り込んでいきます。洞窟内の奥にはさらに多くのコウモリが潜んでいます。瞑想で穏やかな体験をしたら次の瞑想体験は落ち着きを失ったものとなるわけです。それでいいのです。今まで解放できなかったカルマを発見したのですから!

コウモリが全部出て行ってしまうまで続けていきます。光を明るく輝かせ続けある日全てのカルマが解放されるとあなた方は啓発し永久的に光で満たされるのです。一度出ていったカルマは二度と戻ってはきません。

瞑想中にカルマを解放することは日常の中で出していくよりずっといいのです。瞑想中に、どれだけ酷いカルマが出てきたとしてもそれを見るのは自分だけです。日常の中でそのようなカルマが出てきたとしたら皆にバレてしまいます。なんとも気恥ずかしいことになりますね。

クリアーになりたければ、瞑想しなさい。瞑想中穏やかであるかということは思い煩いませんように。リラックスして起こることは全て自分にとっての最善のことなのだと信頼してください。流れに従ってお進みなさい。

瞑想を始めて間もない頃の落ち着きの無さは徐々に電気的な至福の波へと変容していきます。クニックニング として認知されている体験です。カルマで一杯の不穏なエネルギーは不快に感じます。カルマが無くなるとこの同じエネルギーが恍惚的に感じられあなた方をより高い意識の状態へと上昇させるのです。

啓発はカルマによる歪曲からの自由でありあなた方の神聖なパワーへのドアを開いていきます。啓発をするということは怠惰な静穏の状態ではなく歓天喜地とした力の高まりなのです。啓発をするということは心からの歓びを感じて活動をし夢に描いたことを全て成功させていくということです。

今、カルマを解放し将来地上での楽園を楽しみましょう。後回しにしたり諦めてはいけません。あなた方の身体からカルマの過去の記憶全てが出て行くまで前進を続けなさい。カルマには限りがあります。光は無限です。カルマが一度出ていけばそこに残るのは無限性のみです。それが真の啓発というものです。