気功・整体&温熱療法を組み合わせた複合療法により多数の改善実績があります。肩こり・腰痛・内蔵疾患・難病まで格安の料金にて対応。ペットの氣功やヒーリングも承っていますのでご相談下さい。

優心整体センターの日記

施術日記

優心整体センターの日常を「ブログ」に気の向くままに綴っています。よかったらご覧下さい。以前の日記は下記に掲載致しています。

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最新の施術日記は下記の二種類の「ブログ」でご覧になれます。

施術日記 H21-08-30「ありがとうございます。」

この仕事をしていると「おかげで良くなりました。ありがとうございます。」とお客様からおっしゃって頂く事があります。そんな時、私は「ありがとうございます。と言うのはこちらの方なんですよ。ありがとうございます。」とお伝えすると、お客様は「?」って表情をされる事があります。

でも実は「ありがとうございます。」と言わなければならないのはやっぱり私の方なのです。当院で行っている施術は、氣功と無痛整体ですが、どちらも体のバランスを整えて自然治癒力を活性化させる事を目的としたものです。来てくださるお客様の80%~90%ほどの方には有効ですが、中にはいくら施術をしても何の改善も見られないお客様もいます。

お客様のお体の状態や日々の生活環境は実に様々で、残念ながら自然治癒力のスイッチが入らない場合もあるのです。

以前の私は、「自分が治しているんだ。」と言う気持ちがありましたが、今では 治しているのは「お客様ご自身」だと思っています。私に出来る事は、実はほんの僅かしかありません。医療も同様で、本当に治しているのは患者様ご自身の自然治癒力であって、医療はほんの少しだけ手助けしているだけに過ぎないのです。

だからこそ、施術を通して お客様の自然治癒力のスイッチが入り、活性化され、悩まされていた不調が良くなった時、「ありがとうございます。と言うのはこちらの方なんですよ。ありがとうございます。」と私はお伝えさせて頂いています。

人は本来、誰もが健康で幸せに生きるべきだと思っています。当院でお客様に話す「ありがとうございます。」の言葉は、そんな願いを込めてお客様の生命力【自然治癒力】に語りかけさせて頂いています。

H22-02-13「この仕事をしていて思うこと。」

この仕事を通して多くのお客様に出会う事で 私はいつも思う事があります。辛い経験や悲しい経験、そして病気になった経緯も含めて、お客様がたどってきた道のりは実に様々で私の様な者が 「こうしなければ治らない」とか「その考え方は間違っている」などと その苦しみを経験した事の無い私には何も言えない事があります。

例えば、何者かに最愛の子を殺された被害者の場合、心の痛み、犯人に対する憎しみの心は何年も癒される事はありません。戦争から帰還した兵士がPTSDに苦しむ事も なかなか癒されないものです。もしそれらの思いから病気になっている方がいたら「その考えは間違っている」「その想いに病気の原因があるので手放しなさい。」などど その苦しみを経験した事もない第三者が簡単に言えるでしょうか? 

私自身も過去に多くの治療を試みましたが、治療院によっては、今苦しんでいるその人達に説教する光景すら良く見かけましたし、私自身も何度も体験しました。「病気に感謝しなさい。」「あなたは○○○だから病気になったんだ。」などの事を言われた事もありました。

その頃の私は、病気になった経緯は、『わずか数回会っただけの施術者なんかに判る訳が無い!!』・・・と、思っていました。

人は誰もが自分だけの体験をしてきています。そこには、その人なりの苦しみや悲しみの体験もある訳で、第三者が『こうしなさい。』『こうあるべき。』などの理屈では癒されないし、解決しない事があります。また、その人だけの体験や、そこに至るまでにたどってきた道のりは第三者には計り知れないものです。その方の人生に起こった背景は結局の所、第三者には判らないものですし、肉体を持った私達人間が考える次元を超えた深い意味があっての事なのではないでしょうか?。

施術を行っていても、同じ腰痛の症状を持つ人であっても、わずかな回数で治る人と、なかなか治り難い人がいます。実は、その人の体験などが、その人の中でどれだけ統合され癒されていくか? と、治癒していくか?は 密接に関係しているのかも知れません。

もちろん、過去から現在までの体験が筆舌に尽くしがたい苦しみの連続で、その人の中で癒される事が他の人よりも、時間がかかる場合もありますが、大切な事は、施術を受けさえすれば良くなる。。。と言うものでは無く、施術を通して、お客様自身の中から治癒は起きていくものなのだろうと思います。。。結局の所、治る。治らない。と言う事も実は、お客様自身の中に答えがあるものかも知れません。

治る。治らない。。。と言う事も含めて、人の体験は実に様々で、その人の背景にある事も、その人がたどってきた道のりも。。。私個人には推し量る事も出来ません。お体の不調で苦しんでいる方に向かって上から目線で「私が治してやる。」「私の言う事を聞けば治る。」とはとても言えません。

私はけっして自分のことを人々を治す先生だ、などどは思っていません。むしろ、私の所にわざわざ出向いて下さるお客様の方が、様々な人生がある事を身を持って私に教えて下さっている。そう思って、日々施術をさせて頂いています。

H23-07-11「世の中を変えていく力。」

相手によって態度が大きく変わる人を見ていると そこから世間の判断基準を思わせる事があります。

世の中でも こいつは バカにして舐めてかかっても大丈夫だ とか。。
この人は権力があるから媚びとこうとか。。。
この人は特技がある人だから仲良くとしこうとか。。。
この人は有名人だからお近づきになりたいとか。。。
この人は怖い人だからおとなしくしとこうとか。。

ボクシングの元世界チャンピオンが言っいてた事ですが、チャンピオンじゃ無くなったら、手の平を返した様に、急に態度が変わって離れていった人がたくさんいたって話をしていました。

本人が有名になると急に親戚や友達を名乗る人が増えるのも同じ心理なのかも知れません。

優しい、親切、などは・・・世間では何の役にも立たないと思わせられる出来事も数多く・・・心優しいホームレスと 悪人の権力者だったら、人は損得を考えて、悪人の権力者の元に多くの人が集まる事も見られます。

人は常に損得を計算して生きているものですし、国どうしでも自国の国益を考えて外交しますし、企業単位でも常に損得を考えてどうすべきか?判断しています。特に資本主義社会ではどうしても競争と言う側面が強調されますので、人に対する思いやり、愛情、などと言うものが薄れ、自分が生きていく事だけで精一杯になっている人も多くみかけられます。しかし人間社会の競争原理は多くの発明や・便利さや・豊かさをもたらしてきて私達はその恩恵を受けていますので、常に損得を考えて生きる事も、ある意味仕方のない所なのかも知れません。

ですが、私の経験から、ほぼ例外なく愚か者(人格の低い人間)は人を見下した態度を取ることが多い様に感じられます。

愚か者は相手の年齢や地位、職業、学歴、立場、容姿、挙句の果ては金銭的理由などで人を判断し、自分より低いと思った時は、見下した態度で相手に接する場合があります。

それに比べ、賢者(人格が高い人)はそのような目に見えるもので人を判断しません。相手の人格を優先して判断します。そしてどんな相手であろうと、人を見下した態度を取るようなことは決してありません。

例えば相手が低姿勢で接してきたとき、愚か者はその相手の頭から物を言うような態度を取りますが、賢者は相手以上に低姿勢で接する態度を取ります。

つまり、自分が人に対してどういう態度で接しているか、自分自身でチェックしてみれば自分がわかってきます。人に対する態度には気を付けなければいけません。

私の出会った人のほとんどは賢者でもなく、愚か者でもない人たちです。しかし、賢者の数より、愚か者の数のほうが圧倒的に多いのも事実です。賢者の割合がもう少し増えれば、もっと住みよい世の中になるのかも知れません。

人を悲しませたり、傷付けたりすると自分の心が苦しい。人の為に何かが出来て喜んでもらえる事は、自分の心が嬉しくて爽やかになる。実は誰もが心の奥に持っているものです。

私は過去に体調不良で苦しんだ経験からこの仕事を始めました。人の為に何かが出来てその結果、喜んでもらえると自分の心が嬉しくて爽やかになる。。。私が今の社会に対して大きな何かが出来ると言う訳では無いけれど・・・一人一人の小さな思いが今の世の中を素晴らしいものに変えていく事は出来ると思っています。

H23-07-11「治療師を目指している若者へ。。。」

私の個人的な意見ですが、愛は共感から始まると思っています。「人を愛しなさい」と言われても、自分が共感出来ない、理解出来ない人を愛する事を・・・人はなかなか出来ません。

同じ故郷を持つ者どうし、同じ年代のお子さんを持つお母さんどうし、同じ趣味を楽しんでいる者どうしが仲良くなりやすいのは、実は自分と同じような体験をしている相手に共感が生まれるからではないでしょうか?

だからこそ、どんな人にも愛情を注げる人は、本当は・・・長い人生の中でありとあらゆる苦しみを経験した人なのかも知れません。

私は若い人達に早い時期から治療師になることはすすめられません。若い人は本来、自分の為に生きるべきだと思っています。たくさんの楽しい時間を過ごし、そして、たくさんの悲しい目にあい、数々の悩み事を克服して初めて、治療師として必要な思いやりの心が育まれていくのだろうと思います。もしかすると・・・他人の悲しみが判るようになるには人生の中で何度も挫折を舐める必要があるのかも知れません。

これからの時代を生きていく若い人には、楽しい事、嬉しい事、悲しい事、辛かった事なども含めて、、そんなかけがえのない一度きりの人生を自分の為に精一杯生きてもらいたいと思っています。

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